漁船と連携し品質を判断
田村幸次
トップページ > ニュース > 1996年10月 > セイコガニ8杯丸ごと「開高丼」 旅館こばせ(福井県越前町)
熱々のコシヒカリ2合の上に、セイコガニ8杯の内子、外子、足の身を載せる。直径約25センチの丼鉢は山盛りだ。作家の開高健はこれをぺろりと平らげたという。
ベトナム戦争取材後の1965年12月、開高は雑誌編集者の紹介で、旅館「こばせ」を訪れた。同旅館の長谷政志さん(79)は「カニが食べたい。注文はそれだけだった」と振り返る。座布団ほどの大きな九谷焼の皿に、ゆでたズワイ3杯、セイコ7杯を並べた。開高は日本酒片手に完食した。大食漢だった。
翌日の夜は焼きガニ、カニ刺しなどのフルコース。次は何にしようか、はたと困った長谷さんは、ご飯の上にセイコの身を載せた丼を出してみた。味付けはカニのだし汁を混ぜたしょうゆのみ。開高はにこにこしながら、幸せそうに平らげた。このときの様子を開高は「決定的で完璧な瞬間。しかもその瞬間が、ああ、切れめなしに、いつまでもつづくのである」と書いている。89年に亡くなるまで、訪れるたびにこの丼を食した。
開高は長谷さんに、米兵がベトナムの子どもを銃殺した出来事を、悲しみにゆがんだ表情で漏らした。海岸べりのスイセン畑に立ち、光が差し込む海に向かって「おー日本、ここにあり」と、万歳をしながら大声で叫んだこともあったという。多くの死を目にしながら、戦時下のベトナムを生き抜いた開高にとって、漁師町旅館の素朴な料理は、平和と安らぎの象徴だったのかもしれない。
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開高丼(2~4人前)は1万1000円。ハーフサイズは6600円で、要予約。ランチタイムは午前11時半~午後2時(チェックアウト)。ランチは12月29日~1月3日まで休み。開高丼の期間は1月中旬まで。越前町梅浦58―8。電話0778(37)0018。