競り落とすには度胸が必要
中橋睦男
トップページ > ニュース > 1996年10月 > 詩人の田村隆一さんが以前書いていた... 越前ガニ、越山若水
詩人の田村隆一さんが以前書いていた。三十年近く欧州に住んだある老芸術家から「ヨーロッパのおいしいものは食べつくしたが、越前ガニに匹敵するものはついになかった」といわれた―と▼「越前ガニは世界一だよ。それもその土地で食べなければだめだ」と背中を押されたようだ。そこで福井へやってきた。福井県越前町の旅館と三国町の料理屋をはしごしてカニざんまいの二日間。二十四年も前のこと▼老芸術家とは本県ゆかりの彫刻家高田博厚さんだと見当がつく。高田さんは田村さんの舅(しゅうと)に当たる。ちょうどそのころ、高田さんらとくだんの三国の料理屋で同席したのを思い出す▼カニをほおばる高田さんの顔は幸せそのものだった。田村さんも同じ料理屋で至福の時を過ごしたらしい。料理屋の主人にならってセイコの長い足を三本ずつむしり取り、足の付け根の肉にガバッとむしゃぶりつく▼同行のKさんは、ややあって蚊のなくような声で「おいしい」。人間は感極まると絶叫などしないものだ―と「味覚紀行」にある。小林秀雄、開高健ら多くの文人もその味を書き残している。どの人も鬼籍に入った▼待望の越前ガニ漁が解禁になった。福井県人としてはマツバガニなどとはいいたくない。やはり「越前ガニ」。ズワイなどなかなか口に入らないが、負け惜しみではなく味ならセイコだ▼外(そと)子が黒っぽいのを選べば味は保証付き。そして熱燗(かん)に限る。