故宇野重吉さんのふるさと自慢はつとに有名だった。「カニもそばも福井が一番」といって譲らない。ズワイガニやマツバガニのことを言おうものなら「越前ガニが海の底をはって行ったのさ」と言い張る▼宇野さんでなくても越前ガニにけちをつけられると面白くない。福井っ子の共通した心理だろう。福井県越前町が産地のシンボルとして建設していた越前がにミュージアムが完成して来月一般公開される。自慢のタネがまたひとつ▼ところで福井のカニ、つまり「越前ガニ」が初めて歴史に表れるのは「古事記」だという。最近出版された「福井県の不思議辞典」(新人物往来社)に歴史家の松原信之さんが書いている。中巻の「応神天皇」の項▼近江の国の木幡村へ出かけたとき酒宴にカニが出された。天皇が「いずこのカニか」と歌で問いかけ、これに接待役が「角鹿(つのが)のカニです」と答えた。角鹿は敦賀のこと。カニは越前ガニと推測される▼中世になると「越前ガニ」の名称が登場する。朝倉氏と交流があった京都の公家、三条西実隆の日記「実隆公記」。一五一一(永正八)年に「越前蟹一折を送る」と出てくる。朝倉家などから届けられた記録もある▼松原さんは「越前が京都に近く、早くからおいしさが都びとに知られていた」とする。「マツバガニ」はその名の通り松葉の形から取ったものだが、実は和名で別種がある。「越前ガニ」のブランドの方が伝統が古いと思いたい。