競り落とすには度胸が必要
中橋睦男
トップページ > ニュース > 2012年4月 > 品質差明示し評判守る、越前がに 顧客のため供給も確保、加瀬教授
ズワイガニの漁期は、毎年11月6日から3月20日までと定められている。冬場の荒い日本海ではしけの日が続き、操業日数は限られる。転覆の恐れがない限り、いてつく風雪の中でも、漁船はカニを追いかけ続ける。
漁業者は通常、夜中に出港し1昼夜操業して朝に入港する。その間、およそ30時間。冬の海の中でカニを傷つけないように、底引き網をスローで引いて水揚げすることを繰り返す。網目を大きくして小さなカニは逃がす工夫をし、セリの順序を輪番制にして無駄な競争を抑えるなど、独自の規則を定め、その範囲内で成果を競い合っている。
陸上でも厳しい課題が待ち受けている。入り込み客を誘致する努力が実を結んで、多くの顧客が来てくれると、地元のカニだけでは足りなくなる。しかし、他の産地のカニや輸入物を使えば、産地の評判を落としかねない。どうすれば地元の評判を守れるか。
まず料亭・料理旅館では、地元のカニ、他産地で採れたカニ、冷凍の輸入カニが、はっきり区別して供される。カニ料理を食べる1泊コースの料金は、越前がにのコースが3万5千円から5万円、他産地の雄ガニのコースが3万円前後。メスガニ、水ガニと輸入物を組み合わせたコースが1万円から2万円となっている。
はじめて食する者でも、一度教えてもらえば、体の大きさと形、卵の有無、親指の太さ、身の取り出しやすさなどカニの種類を間違えることはない。さらに雄の硬ガニには水揚げ時点で漁業者によって水揚げ地を示すタグが装着される。水揚げ地によっては雌ガニにもタグをつけて、他産地との価格差を維持している。脚にタグを装着する作業は、船上または水揚げ直後に乗組員自身によってなされる。これは流通段階で水揚げ地の異なる品物が混ざってしまわないようにするための工夫だ。漁業者の発案で1998年に装着され始めたタグは、他の産地でも採用されて、それぞれの漁港の色と名前が入っている。
ただし、最も安い輸入物も「下級品」の扱いを受けているわけではない。カニの輸入元の福井県漁連は、毎年のカニの漁期にカナダに技術者を滞在させ、カニを煮る塩分濃度、煮沸時間など細かな指導を行っている。そして、国内産と混同されることのないように肩の形に割った上で商品を引き取るのだ。
顧客の好むランクのカニを、途切れることなく提供することは容易ではない。12月と1月の週末に顧客は集中するが、漁船はしけになれば何日も出漁できない。仲買人は、人工の餌を採らないカニがやせることなく保存できる期間を計算しつつ、他の水揚げ地からも買い付けて在庫量を維持しなければならない。カニを大きく扱っている仲買人は、地元への供給を最優先しつつ、土産物店や、贈答品需要の発送業務も兼営している。このようにカニの水揚げ地では、多くの人々が顧客への商品の提供がスムーズに進むように、支え合っている。地域経済振興に希望が生まれるには、それぞれが役割を果たしつつ、協力しあうことが欠かせないのだ。
加瀬 和俊(かせ・かずとし) 1949年10月千葉県生まれ。東京大学経済学部卒、社会科学研究所教授。専門は経済史、水産経済。75~91年、東京水産大学(現東京海洋大学)で漁業経営調査に従事。91年から東京大学社会科学研究所で経済史、水産経済を研究。著書に「沿岸漁業の担い手と後継者」(成山堂書店)「集団就職の時代」(青木書店)「失業と救済の近代史」(吉川弘文館)
資源特性に見合った戦略を
Q 輸入物など各商品の構成割合はどうなっていますか。大きな価格差は、越前がにに特有なことでしょうか。
A ズワイガニの日本での漁獲量は5000トン前後、うち「越前がに」を含む雄の硬ガニは、その4分の1程度です。これに対して輸入は5万トンぐらいあります。都会で鍋料理で食べるズワイガニは、ほとんどすべて輸入物といえます。輸入物との大きな価格差は牛肉などでも良く知られている通りで、それぞれの商品の消費形態の違いと対応しているといえます。
Q 黄色いタグの装着は産地側の総意だったでしょうか。越前がにを守ろうという心意気が感じられますね。
A タグは漁業者の発意で始まったものですが、産地の関係者が全体としてそれを受け入れ、協力したことによって、定着しました。かつては北朝鮮からの活ガニの輸入もあり、輸入品と国産品の混在が避けられなかったのですが、輸入に反対するのではなく、輸入品をそれと明示して提供することによって、国産品の質的評価を守りつつ、量的な不足にも対処できるようになったわけです。
Q 努力次第で産地の評判を高めることはできると言ってよいでしょうか。
A 特殊な食通を除けば、イカやサンマやマグロを水揚げ地に行って食べたいという人は少ないでしょうから、商品特性の制約があります。「若狭フグ」の成功は、家庭では調理できない魚種である上、都会のフグ料理は高価だという条件の下で、民宿で安く食べることができる(逆に民宿は、仲買人に売るよりも高く売れる)という利点で広まったわけです。ですから、産地が活用できる資源の特性に見合った戦略が不可欠であり、やみくもに努力するだけでは、無駄な努力になってしまうでしょう。