「かにまつり」のPRに奔走
池野政義
トップページ > ニュース > 2009年2月 > 評価は産地が高める、越前がに 共同作業で強い集客力、加瀬教授
農産物・水産物は、消費者が買う値段と生産者の売る値段とが大きく開いている。消費者が払う値段のうちの生産者の取り分は、野菜では4~5割、魚では2~3割だ。腐敗しやすい魚を選別し、氷をかけ、保冷車にのせて高速道路を走る。早朝の卸売市場でのセリを経て小売店・スーパーで売り終わる。その手間を考えれば、流通コストが高くなるのは当然ではある。
それだけに生産者からすれば、生産地で消費者に直接売りたいという強い思いがある。消費者の側にも、食材が生産された場で新鮮な状態で食べたいと希望する人が少なくない。ただ現実には、多数の消費者が生産地に出向くことはできず、希望が実現することはまれだ。
福井県の名物「越前がに」はそのまれな成功例の一つである。大都市でもズワイガニ(越前がにの品種名)を出す料理店は多いし、スーパーでも売られている。が、大半は輸入された冷凍品で、厳密には別の商品である。
ズワイガニは日本海のいくつかの場所で漁獲され、脱皮を終えた雄は特に珍重される。「越前がに」(福井県)、松葉ガニ(鳥取県・島根県)、間人(たいざ)ガニ(京都府)などの産地ブランドが名高い。それぞれの地域では、冬になると料亭や料理旅館などが高級なカニ料理を提供し、多くの顧客が泊まりがけでやってくる。福井県では越前町、坂井市三国町、敦賀市、小浜市がその産地である。
越前がには共同作業の産物だ。カニをとる漁業者。魚市場を経営する漁協。カニを買い入れて貯蔵し用途別に振り分ける仲買人。料理を提供する料亭・料理旅館。観光客誘致に励む観光協会。地域振興を目指す地方自治体など。産地の評価を高めるために、皆が一体となって協力しあっている。
越前がにが強い集客力を持つようになったのは遠い昔のことではない。カニの通常の生息域は250メートルよりも深く、漁船が動力化する以前にはほとんど漁獲できなかった。それが、漁網・ロープが麻・綿から化学繊維へと変化する中で漁獲能力が徐々に高まってきた。本格的な漁獲量の増加は、戦後になってからである。
脱皮期間を終えた雄ガニはその味と姿が高く評価され、高度成長期に高値で取引されるようになった。しかし、「越前がに」となるまでに10年以上を要する遅い成長のために、漁獲が増えるにつれて資源は急速に減ってしまった。安価なメスガニ、水ガニ(脱皮直後の雄ガニ)を含めたズワイガニ全体の福井県の漁獲量は、ピークの2100トン(1962年)から500トン(70年ごろ)、250トン(80年ごろ)まで下がった。生産量の減少は産地への顧客を減らす。一方、安価な輸入物によって大都市での消費は増える。越前ガニの産地の将来性は大きく揺らいでしまった。
こうした危機感から1980年代以降に、独自の努力が続けられた結果、漁獲量は回復に向かい、今日500トン前後で推移している。輸入物とははっきり違う高価な特産物の産地として、日本海沿岸の中でも福井県の位置は高い。越前がにをめぐる人々の努力について考えてみたい。
加瀬 和俊(かせ・かずとし) 1949年10月千葉県生まれ。東京大学経済学部卒、社会科学研究所教授。専門は経済史、水産経済。75~91年、東京水産大学(現東京海洋大学)で漁業経営調査に従事。91年から東京大学社会科学研究所で経済史、水産経済を研究。著書に「沿岸漁業の担い手と後継者」(成山堂書店)「集団就職の時代」(青木書店)「失業と救済の近代史」(吉川弘文館)
工夫し生み出された手法
Q 越前がには「まれな成功例」と指摘されました。ほかにも同様の事例はありそうですが。
A もちろん少なくありません。例えば「若狭フグ」もその一つであり、フグ養殖を営んでいる漁家の民宿に、冬場にたくさんのお客さんが来て、フグ料理を堪能しています。その結果、夏の海水浴シーズンを中心とした民宿経営が周年的に経営できるようになりました。
Q それではなぜ、越前がには「ブランド」として地位を確立できたのでしょうか。
A フグやタイのように養殖業の対象になる魚や農産物などの場合、人気が出て高い値段で消費されれば、輸入を含めて供給が増え、競争的な産地が拡大し、業者間の値下げ競争が始まるのが普通です。ズワイガニはまだ養殖できませんし、漁獲量を増やせば親ガニの量が減って、資源はすぐに減少してしまいます。資源枯渇を防ぐために供給量を抑制しなければならないという制約の下で、産地で生きているカニをゆで上げて、冷凍の輸入品とは異なる味を提供できているわけです。
Q 「カニ」という生物の特徴が成功の秘訣(ひけつ)なのですか。
A 生物の特性そのものではなく、それにうまくあった対応を人々がしてきたことが重要です。漁業者たちが競争して資源を減らしてしまわない工夫、輸入物を国産物と混ぜて流通させない工夫、産地としての高鮮度を強調した調理方式、時化(しけ)による供給不足を調整するストック機能の保有など、関係者が生み出してきた手法が産地を支えているといえます。こうした仕組みが全体として備わっていないと産地として存続できません。この点が、新興産地が急には生まれ得ない理由です。