長年の経験と技術でカニの居場所探る
中野良一
トップページ > ニュース > 2013年11月 > 【コラム・越山若水】越前がに漁解禁
越前がに漁が解禁された。雄のズワイガニは福井の逸品として全国に知れ渡る。県人としても鼻が高い。しかしその味覚を問われても、あまりに高価なので口を濁すしかないけれど…
▼その名声はいにしえの奈良の時代からとされる。ご存じ、「古事記」に登場する挿話である。行幸を終えた応神天皇は宇治の木幡(こばた)で美しい少女に出会った
▼娘から名前を聞き出した天皇は翌日、家を訪ね食事を召し上がった。そのとき歌を詠んだという。「この蟹(かに)や 何処(いづく)の蟹 百伝(ももつた)ふ 角鹿(つぬが)の蟹 横去らふ 何処に至る」
▼この蟹はどこの蟹? 遠い敦賀の蟹ですよ 横に走ってどこ行くの…。この時代は母系家族制。名を問うのは求婚であり、娘の家で食事をするのはすなわち婿入りの儀式である
▼応神天皇が詠んだ祝婚歌。宴席のお膳の上には「角鹿のズワイ蟹が赤く大きくつやつや光ってゐた」と作家の故丸谷才一さんは「樹液そして果実」(集英社)で書いている
▼古事記の歌が越前がにの初出とされるが、ズワイガニかどうかは確証がない。水深数百メートルにすむカニを捕獲するのは当時難しく、ワタリガニ説もある
▼それはさておき、今シーズンは資源減少を受け雌のセイコガニと雄の水ガニの漁期を短縮したという。どちらも庶民の食卓を飾る越前がに。“高値のかに”となってささやかな贅沢(ぜいたく)が消え去らぬよう祈るばかりだ。(2013.11.7)