10日先の天気を見て仕入れ
中瀬康雄
トップページ > ニュース > 2006年1月 > 語り部はかく語りき 越前がに「ブランド」は日常にあり
冬の味覚、越前がに漁が来月6日解禁となる。福井が誇る地域ブランドである。越前がには、ただうまいだけではない。「うまい」をつくり上げる幾多の手間暇を忘れてはならない。荒波に立ち向かう漁師のひび割れた手が、仲買人の目利きが、調理人の絶妙な塩加減が、最高のもてなしに気を配る女将(おかみ)の心が、それを語ってやまないファンの満足が、あの味を生み出したのである。
福井の歴史や自然、文化を語り伝え、観光客誘致にも一役買う「語り部」が県内各地で活躍している。瞬時に世界に情報が届く時代に、人と人との語らい、コミュニケーションが新たな価値を持ち始めた。
■満足感はもてなしに■
かつて作家開高健は、通い詰めた福井県越前町の老舗旅館「こばせ」でカニを食し、「雄のカニは足を食べるが、雌のほうは甲羅の中身を食べる。それは海の宝石箱である」という名文を生んだ。ベトナム戦争の従軍取材から九死に一生を得て帰国し、宿で疲れを癒(い)やす開高の前にどんぶりを差し出した主人が言った。
「宝石箱をひっくり返してしまいました」。”開(かい)高(こう)丼(どん)”の原点誕生である。越前がにのうまさは、その恵みに心を尽くす人たちの絶え間ない日常と偽りのない言葉の中にある。
団体から個人や少人数へ、さらにふれあい、味わう体験型へと観光形態が変化する中で、語り部と歩くツアーが人気だ。県内でも朝倉氏遺跡や三国港町、若狭地方を語り部の案内で楽しむ県外客も増えている。
県内には連絡協議会加盟の観光ボランティアガイドが18グループ、340人いる。地域を熟知する、生活感漂う地元住民そのものが貴重な資源だ。控えめな福井人気質も決して悪くないが、足元から福井を見据え、積極的な発信を常に心掛けたい。
■若者も運動の貴重な戦力■
県が「考福学かたりべ」をスタートさせて4年になる。「知る、語る、つながる」―福井の魅力を自らが考え、再発見し、それを語り広げ、全国に発信していこうという県民運動である。活動を通じてふるさとへの自信と誇りを持ち、それが独自ブランドとしての輝きを増すことにつながる。大事なのは語り伝えていきたいとする心の深さである。
「かたりべ」に116人が登録。観光や自然など6分野で、地域の物知りたちが学校や催し会場などさまざまな場で活動。福井空襲の惨劇を語り続ける古老もいる。20歳代から80歳代まで多彩な顔ぶれだ。高校生が修学旅行先で「かたりべ活動」をするなど多様な広がりがでてきた。
一人一人の価値観に裏打ちされたストーリーが人から人へネットワークを創(つく)りだしていく。過去から現在、未来へ固有の価値を確かなものにしていくふるさと運動でもある。
■発信力の弱さを越えて■
地方生き残りのキーワードが「観光」といわれる。県は4月に観光営業部を立ち上げた。これまで「福井には光るものがたくさんあるのにPRが下手」と、知名度の低さ以上に発信力の弱さを指摘されてきた。
美しい自然や歴史遺産、うまいものは全国各地にある。地域活性化を理論と実践でリードしてきた故・下平尾勲福島学院大学長は、敦賀市で講演した際「魅力のあるものすべてが競争相手になり、全国の観光地は悪戦苦闘している。必要なのはイメージ戦略とブランド戦略」と強調した。
越前がには、日本海の資源という意味では松葉ガニも加能ガニも変わらない。なぜ自慢なのか、地元の人がカニを熱く語ることは、戦略の重要な「戦力」である。食も観光も生活の中にこそ息づく。大切な地域資源と向き合い、価値を高めていくには、自慢の源泉を深掘りし、わき上がる感動を大切にしたい。自信を持って発信するブランド戦略の原点は自分磨き、地域磨きにある。県民すべてが生きがい、やりがいを持つ語り部でありたい。(北島 三男)