「むきむき始めます!」。威勢のいい声とともに朱色のカニをほぐしていくと、1分足らずで全ての身が出そろった。福井市の旅館「白浜荘」のおかみ板倉美津子さん(70)はその華麗な手さばきで「むきむきみっちゃん」の異名を持つ。創業から37年、持ち前の明るさで客の心をつかみ続け、流行中の新型コロナウイルスも「なんとかなる」と笑い飛ばす勢いだ。
多い日で100杯むくこともあるカニ。包丁やはさみを使わず、手だけで作業する。その神業を学ぼうと県内の多くの料理人が研修に訪れるが、「こつはなく、自然と体に染みついたもの」という。
白浜荘から約3キロ離れた鷹巣漁港近くで生まれた。祖父が漁師で、幼いころから「毎食カニ、おやつもカニ」の毎日。14歳の時、母親を亡くした寂しさから「人が集まるにぎやかな商売がしたい」と夢を抱き、会社員などを経て1983年に白浜荘を創業した。
今や名物となったカニむきサービスのきっかけは、殻に付いた身を取り切れずに残す客が多いことだった。「もったいない」と85年ごろから、食べるのにてこずる客を積極的に手伝うようになった。
このサービスが注目され、テレビ番組や大手ビール会社のCMに出演するなど一躍有名に。「初めはおせっかい心。じっとできない性格なの」
今年は8、9月に合宿予定だった学生約3千人の予約がキャンセルされるなど、新型コロナの影響を大きく受けている。
集客に頭をひねり、創業後初めて、看板を県内最大の工業団地近くの道路沿いに設置。感染予防として市中心部の宿を避けたビジネス客から人気を得たほか、越前がに漁の解禁などもあり、満室の日もあるほどに回復した。全国で再び新型コロナ感染が拡大傾向だが「過剰反応せず、淡々と対策して努力すればいつか立ち直れる」と信じる。
現在はマスクとゴム手袋を着け、「むきむき王子」として活躍する長男の克治社長(46)と二人三脚でカニむきにいそしむ。「お客さんの喜ぶ顔が元気の源。できるだけ長くカニをむき続けたい」と笑顔を見せた。