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越前がに美味しい文で食べた気に ふくい文学歳時記

2011年12月12日

冬の味覚の王様、越前がに ……せいこ蟹(ずわい蟹の雌)の茹で上がったのが姿のまま出てくる。肢をもぎ、甲羅を開き、程よく調味された酢を甲羅の中に注ぎ入れる。つぶつぶの茶がかった赤い卵、鮮やかな橙色のみそ、それを箸でせせりながら汁を吸ううまさ。

津村節子「三国にて」
「みだれ籠」(文春文庫)

 いよいよ蟹の季節である。この冬の漁獲はいかがか。蟹は美味しい。いつかあの食通の開高健さんが手放しで絶賛していた。「越前ガニは世界一うまい食べものだ。私は毎冬家族連れで食べに来ている」。わたしも食べに行きたい。それはもう今すぐにでも。だけど蟹は高い、高すぎる。とてもわれら貧民ごときが口にできる値段でありません。でいたしかたなく紙の上で蟹を食べた気になっているしだい。

「そいつ(せいこ蟹)を身も卵も一緒に御飯に炊き込む。熱い飯に、おろしをたつぷり乗せて、醤油をかけ、かき廻して食ふ。蟹とは、これほどいい匂ひのものかと思つた」 いや、うまそう! これが批評の神様、小林秀雄氏なのだ。小林さんは戦時中に「三国の港で、正月暮した時に、毎日の様に食つた」とか。ほかにまだ越前ガニを礼賛する文士さんは幾多もおいでだ。なかで当方のイチ押しが前掲のそれ。

 津村節子(一九二八~)は、福井市生まれ。津村さんといえば、「ふるさと三部作」と呼ばれる「炎の舞い」「遅咲きの梅」「白百合の崖」。そのどれかを挙げるべきだろうが、いまはこの小エッセイにしよう。だってこれが美味しい文章だからである。このとき津村さんが訪ねたのは三国の料亭「川喜」。ここで頂戴する蟹のフルコースが凄いの一言である。

 まずはご覧のせいこ蟹のおでまし。これが「小指ほどの太さの肢にもぎっしり身が詰まっている。甘味があり、弾力に富んでいて、いくら食べても飽きるということはない」のだと。それに続いて見事なずわい蟹をのっけた大皿で出てくる。これがおよそ一五年物であるそうな。その「全長が大人の指をいっぱいにひろげて三つ並べたほどの長さだった。これも生きているのを茹で上げたばかりである」とか。

 いやその美味しさたるや「湯気の立つあつあつの蟹のしっかりした歯ごたえ、噛みしめると口中にひろがる豊饒な品格のあるその味」というから我慢ならない。さらに甲羅酒である。

「みその味と、酒がミックスされて、この世にこれほど贅沢な味があるだろうか、と思う。ばらばらと激しく屋根を打つあられの音、吠える波、うなる風音、それを聞きながら、躯の芯までとろとろととろけるように酔う」

 なんていやもう堪らないのったら。ほんとこちとら涎たらたらなりだ。

 嗚呼蟹喰ひたし蟹は夢に躍る     勉
(詩人、大野市出身)


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